なか。たつや×佐野洋介の【モテマジレボリューション】

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芸としてのマジック

中学をもってマジックを演じなくなってしまった理由は、人が楽しまなくなってしまったから・・・・。それは多分に自分に責任があり、マジックを演じることに挑戦的だったんですね。技術の習得も早く、スライハンドも見る見る上達。で、人に見せたくなる。

只でさえ、「騙された」「どうやったかわからない」とパズル的観点で観られる類の芸に「上手の慢心」が加われば観ている者にとって、本当は何か抵抗感が芽生えてもおかしくない。そういう事に気づいたのはずっとあとの話ですが、僕のマジックに対してアンコールが無くなってしまったんですね。ねぇ、手品みせてよ。という声が無くなってしまうんです。

逆に、「ねぇねぇ、カードマジック見せようか」「新しいネタだよ、驚くよ」。思春期真っ只中の中学生にはマジックは技術であって、芸として消化する能力はなかったようです。(なんか思想がかってます??)


一生懸命練習しても、見てくれる人がいなければつまらない。で、たまに演じると、「ひとつやふたつ、種あかせよ!」と文句言われる。そう、相手もチャレンジされていれば抵抗感も出てくるものです。
そんなわけで、マジックがとてもつまらなくなったのが中学3年生。演じるだけでなく、マジックの考案もしていたのですが、どちらの興味も失いました。


マジックを「演ずる」ことが出来るようになったのは、社会人になってからですね。
その前に実はアメリカ人にマジックを披露する機会があり、そこでカルチャーショックを受けるようなエピソードがありました。次回はそのあたりのお話を。

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